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味噌のこだわり

こばふぁーむの味噌は、福井県越前市の有機みそ蔵のマルカワみそ様で製造していただいております。マルカワみそ様の味噌造りは天然醸造(てんねんじょうぞう)という作り方です。この製法は美味しいお味噌ができるのですが、大量生産に不向きでどんどん少なくなってきました。それでは天然醸造という味噌の発酵方法について説明させていただきます。

味噌の天然醸造について

愚直なこだわり天然醸造

天然醸造(てんねんじょうぞう)という造り方はお味噌を加温しないで熟成させる方法です。千何百年以上もはるか昔からずっと守られ仕込まれている製法です。ご家庭での手造り味噌も99.9%の方がこの製法です。日本の移りゆく四季をお味噌が感じながら、ゆっくりと熟成していきます。

約1年間の熟成期間を経て

しかし、戦後の食料不足から食料増産計画が組まれて、お味噌などの発酵食品も熟成期間を短くするようになりました。お味噌を作るのに常温で置いておくと約1年かかりますが、30度ほどの温室にお味噌をいれて強制的に醗酵させれば約3ヶ月ほどで出来上がってしまいます。例えるならば、露地栽培とハウス栽培でトマトを作るのに似ています。前者は旬の時期でしか実りませんが、ハウス栽培では一年中販売できることができます。しかし、お味噌は醗酵の露地栽培ともいえる『天然醸造』でないと美味しい風味を出すことはできません。今は化学調味料などの技術や風味も発達しましたが、ダシさえ入れなくても十分に美味しいお味噌は天然醸造の象徴です。

創業1914年から天然醸造味噌を仕込む

冷めたお味噌汁を飲むと、天然醸造とそうでないお味噌汁の差は歴然とします。天然醸造のお味噌汁は日本酒のようなキレがあり、のみごたえがあります。そんな天然醸造にこだわり、大正3年からの約105年の間一度も作り方を変えることなく、マルカワみそ様はお味噌を醸しておられます。

味噌造りに欠かせない塩のこだわり

モンゴル地方で採取された『天日湖塩』

「天日湖塩」は、内モンゴル自治区吉蘭泰(ジランタイ)の湖塩で、ヒマラヤの伏流水で溶かし出された岩塩が再結晶したものを、そのまま採取した粗塩です。
この地では、ヒマラヤ山系の伏流水が岩塩の地層に湧き出しており、汚染とは無縁の塩湖を長い年月をかけて生成しています。太陽と風の力で結晶になった湖塩を採取し、塩田にて天日干しにします。水で洗浄し熱風で乾燥させます。ふるい機により、異物除去します。地元の人はそれを「いのちの塩」と呼び、代々大切にしてきました。

甘味の主役であるカルシウムが多い

いい塩には甘味がありますが、その主役となるのはカルシウムです。反対に苦味を出すのはマグネシウム(ニガリ)です。通常マグネシウムが多いのですが、天日湖塩にはこれが極めて少なく、逆にカルシウムが多いのが特徴です。ほんのりとした甘味と、すっきりした味が楽しめます。精製していない湿塩タイプのお塩なので、自然食志向の方にオススメです。

木桶文化の伝統

木の桶の歴史は古く室町時代から文献に登場しており、現代にいたるまで桶によって幾多もの発酵食品が醸されてきました。
まず酒屋さんが新桶を作り日本酒を醸造します。日本酒は水分が多く、塩分もないため30年くらいで寿命が来ます。酒屋として寿命を迎えた桶は、味噌、醤油、漬物屋さんなどが買い取り、木桶で発酵食品を醸してきました。発酵の微生物と塩気の影響で木が朽ちることなく100年近く桶は使われることとなります。
しかし、戦後日本は高度経済成長と共に、大量消費、大量生産の時代を迎えます。
その時代で大きく発酵文化は変化していきました。大量生産に不向きで異物混入の可能性のある木桶は、やがてステンタンクやFRP(強化プラスチック)の容器に取ってかわるようになりました。課税対象である日本酒を木桶で仕込むと、自然に欠減が発生してしまうことも拍車をかけ、大きな木桶がずらりとならんだ蔵元さんの風景はどんどん見なくなりました。
しかし、桶で仕込むと個性的でステンタンクでは醸せないお味噌ができます。桶仕込みは仕込んでいくうちに菌が宿って『桶くせ』とよばれるその桶特有の風味を醸してくれます。

味噌屋ではじめて注文した100年桶

酒屋が桶を作らないと中古の桶が流通しないので、味噌業界も桶仕込みはどんどん減っていきました。また、衛生度の向上や品質を一定にするにはステンレス製などが絶好の容器でした。しかし、マルカワみそ様は一年寝かした木桶仕込みをやめませんでした。理由は桶で仕込んだ方が美味しいと確信しているからです。むしろ逆に桶を手放す蔵元さんから積極的に桶を頂きました。2000年代になると桶の職人さんの高齢化、後継者不足によって、大桶を作れる人は激減。また桶作りの環境も満足に機能しないようになっていきます。そして2005年、マルカワみそ様は一つの決意をされます。それは『新しく桶を新調する』ということです。
桶屋の棟梁に言われたそうです。『40年ほど桶の商売しているけど、味噌屋が桶を注文するのははじめてのことや…』と。この桶は100年間お味噌を仕込み続ける事ができます。100年後の未来。2105年。それは今生きている人の殆どがこの世にはいないのですが、この桶は100年後もお味噌を醸します。100年後もこの木桶からお味噌が醸せてそのお味噌汁から、輝かしい未来が作りだしていけると確信を持って味噌造りをされておられます。

桶作りから始める味噌作り

2005年の桶を新調してから10年後…。大桶を作れる職人さんは大阪でただ1人になりました。桶の文化、技術は消えてしまうかもしれません。
そんな中、マルカワみそ様は一つの決断をされました。それは、桶屋に修行に行こう!ということです。こんな事をする味噌屋はおそらくどこもいないでしょう。
しかし、100年後のことを考えるとこの文化や技術を少しでも継承できて、桶の維持、保全ができたら桶の文化も残っていきます。マルカワみそ様の常務兼工場長が住み込みで桶の修行を行い、昔からの桶の文化を大切にした味噌造りをされています。

お味噌という発酵文化と木桶文化

お味噌も木桶も1000年以上前から日本人に馴染みがあり、日本人の心を支えてきました。産まれた時はたらい、亡くなった時は棺桶と桶で産まれて桶で最後を迎えておりました。お味噌も朝起きると、トントントンと朝ごはんの支度をする包丁の音が聞こえてきて、みそ汁の温かい香りが漂って1日が始まります。また、家に帰ってくると、ご飯とみそ汁を食べながら、今日あったことやいろんな出来事を家族みんなで共有しあっていました。そんな毎日、そんな家族生活が一昔前の日本でした。このような風景はそう遠くない時代のよくある風景でした。今より、モノは豊かではなかったかもしれませんが、心の面では温かさと優しさで豊かだったかもしれません。文明や文化はどんどん栄えていきますし、変わっていくものです。それは自然の出来事でありあます。しかし、モノを大切にしたり、感謝の気持ちであったり、日本の伝統を大切にする文化がないがしろになっているような時代の流れを感じます。
そんな時代にあっても、マルカワ味噌様は今も全力で桶仕込みの味噌作りを仕込み続けておられます。味噌造りを天命と感じながら、今日も元気に味噌作りをしておられます。

※マルカワみそ様のホームページより引用